【杉田竜平の哲学】勝ちに徹した先に見えたもの

僕はプロボクサーとして、11年間で35戦のリングに立った。
戦績は35戦30勝(22KO)3敗2分。

今日は、そのうちの34戦目と35戦目について書きたい。これは反省でも美談でもなく、引退から20年を経た今だからこそ気付き、心から納得できた話。

34戦目、相手はタイの選手だった。動きが柔らかくタイミングが取りづらかった。練習していたカウンターも決まらなかった。僕は無理に倒しにいくのを諦め、勝ちに徹した。観る人にとっては、派手さのない、おもしろくない戦いだったかもしれない。

試合中にもかかわらず、お客さんがぞろぞろと帰っていく姿が見えた。そのとき、「俺はもう、必要とされないボクサーなんだ…」と、頭をよぎった 。

試合は3対0の判定勝ちだったものの、心は折れていた。その夜、僕は引退を決意した。

でも、今だからこそはっきり言えるのは、あの試合で僕は落ち込む必要などなかった。無理に倒しにいかず、事故を起こさず、勝ち切った。それはプロとして当然の判断だった。お客さんが帰ったのは、僕のボクサーとしての価値が下がったからではない。ただ、「派手さを求める人」が、途中で席を立っただけ。だから僕は堂々としていればよかったのだ。

34戦目を終えたとき引退を決めたものの、「このままでは自分が納得できない」と、最後はプロボクサーとして何を残せるかで終わりたかった。35戦目、最後の試合では、勝ち負けよりも、「お客さんに喜んでもらえる試合」、それだけを考えてリングに立った。これは欲でも、逃げでもない。これまで僕を支えてくれた人たちに対する感謝。プロボクサー杉田竜平の、最後の姿を見せたかった。

デビューから34戦目まで、負けた試合もあったが、僕はプロとして勝ちにこだわって戦ってきた。でも35戦目だけは、自分もファンも心から納得して終われる試合だった。

「勝ちに徹する」ということは、派手さを捨てることもある。だがそれは、決して逃げではない。長く現役を続けるための覚悟だ。そして、最後に「喜ばせる」という選択ができたのは、それまでずっと勝ちを積み重ねてきたからだと思っている。

かつて、プロはお客さんを喜ばせることが一番大切だと考えていた。身銭を切り、時間を使って、会場に足を運んでくれるのだから当然だ。でも、今になって確信していることは、プロとして本当に大切なのは、己の生き様や拘りを見せることなのだと。

喜ばせようとする試合は、忘れられる。
生き様がにじみ出た試合は、記憶に残る。

34戦目までも、そして35戦目も、どちらも僕のボクシング人生。勝ちに徹した試合があったからこそ、最後に自由な選択、自由な試合ができた。

プロであるならば、やりたいボクシングは最後の一試合だけでいい。それまでは感情を押し殺し勝ちに徹する。それこそが、プロとして一番カッコイイ姿ではないか――。いま、そう確信している。

【杉田竜平ラストファイト】